中小企業が活用すべきM&A仲介・FA(ファイナンシャルアドバイザー)の選び方
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- コラム
~「誰と組むか」がM&Aの成否を分ける~
はじめに:中小企業のM&Aは「専門家選び」で結果が決まる
M&A(企業の合併・買収)は、財務・法務・税務・人事といった多岐にわたる専門知識を要する極めて複雑なプロセスです。特に初めてM&Aに取り組む中小企業にとっては、「どこに頼むべきか」「誰をパートナーとすべきか」が最初のそして最大の難関です。
世の中には、大手から中小専門まで数百を超えるM&A仲介業者・FA(ファイナンシャルアドバイザー)が存在します。その中から、自社の目的や規模感に合った最適なアドバイザーを選ばなければ、売却が進まない、希望価格で売れない、想定と違う相手に譲ってしまうなど、重大な結果を招くこともあります。
本稿では、中小企業経営者が後悔しないM&Aを進めるために、仲介・FAの正しい選び方と注意すべきポイントを体系的に解説します。
第1章:M&A仲介とFAの違いとは?
まず押さえておきたいのが、「M&A仲介」と「FA(ファイナンシャルアドバイザー)」は同じではない、という点です。
仲介会社とは
売り手と買い手の双方の間に立ち、両者をまとめる役割を担います。中小企業M&Aではこのモデルが主流で、案件規模が小さくても対応してくれる業者が多く存在します。
メリット:案件成立に向けて積極的に動く/比較的安価な報酬体系
デメリット:中立性が保ちにくい/利益相反が起こるリスク
FA(フィナンシャルアドバイザー)とは
売り手(または買い手)の一方に完全に立って助言・交渉支援を行う専門家です。中堅〜大企業向けに多いですが、近年は中小企業向けFAも増加しています。
メリット:依頼企業の利益を最優先に動く/戦略的交渉が可能
デメリット:仲介より費用が割高/買い手探しは自社努力や別ルートが必要な場合も
第2章:中小企業に合ったアドバイザーを選ぶ6つの視点
1. 【業種・規模の実績】「自社と似た案件を扱っているか」
業種や規模、譲渡金額が近い実績を持つかは最重要ポイントです。たとえば、製造業に強い仲介会社もあれば、IT・SaaSに特化したFAも存在します。経験値が高いほど、業界構造や買い手の動向、DDにおける注意点も把握しています。
チェックすべき項目:
直近で同業種のM&A実績があるか
自社と同じ地域・従業員数の企業の事例があるか
担当者自身が手がけた実案件を具体的に聞いてみる
2. 【担当者の専門性】「信頼できる“人”がつくか」
どんなに会社の看板が大きくても、実際に案件を動かすのは「担当者」です。M&Aは1年以上にわたる長期戦になることも多く、誠実さ・レスポンス力・専門知識・人間性のバランスが求められます。
チェックすべき項目:
公認会計士・中小企業診断士・MBAなどの資格を保有しているか
一貫して同じ担当者がつく体制か(途中交代のリスクはないか)
実際に面談し、誠実な説明・傾聴姿勢があるか
3. 【報酬体系の透明性】「料金と成果のバランスはどうか」
仲介会社やFAには「完全成功報酬型」「着手金+成功報酬型」などさまざまな報酬体系があります。中小企業が注意すべきは、**「高額な着手金」「割に合わない最低報酬額」「報酬率の不透明さ」**です。
チェックすべき項目:
着手金の有無・金額(相場は50~200万円程度)
最低報酬額の設定(一般的に500万円~1000万円が多い)
成功報酬のレーマン方式の内訳(5%〜10%が一般的)
成立しなかった場合のコスト発生リスク
4. 【買い手ネットワークの有無】「どんな相手を紹介できるか」
中小企業にとって買い手候補の有無は、M&A成立の可否に直結します。仲介会社やFAがどれだけ豊富なネットワーク(上場企業、中堅企業、投資ファンド、同業者)を持っているか、また、自社に適した相手を紹介できるかが鍵です。
チェックすべき項目:
独自の買い手リストやマッチングシステムを保有しているか
地域密着型(地方企業向け)か、全国対応型か
実際の買い手候補の属性(業種、資本、意欲など)
5. 【PMI(統合支援)への関与】「売ったあとも面倒を見てくれるか」
M&Aの“本番”はクロージング後に始まるとも言われるほど、**PMI(Post Merger Integration=統合プロセス)**は成功のカギです。PMI支援まで対応するアドバイザーであれば、統合後のトラブルや人材流出を未然に防ぐことができます。
チェックすべき項目:
PMI支援サービスがあるか(別料金になる場合も)
引き継ぎ・従業員説明・契約切替などの支援実績
売却後の「社長の立場」「従業員の処遇」への配慮の有無
6. 【中立性と倫理観】「“売れればいい”という姿勢ではないか」
残念ながら、一部の仲介業者には「とにかく売ること」を最優先し、経営者の希望や企業文化を無視して話を進めようとする例もあります。本当に信頼できるアドバイザーは、売却を“止める判断”もしてくれます。
チェックすべき項目:
経営者の想いや価値観を最初から丁寧にヒアリングしてくれるか
利益相反が起きる場合の説明責任があるか
契約解除や途中での見直しが可能かどうか明記されているか
第3章:仲介・FAとの契約前にやっておくべき準備
M&Aアドバイザーとの契約は、会社の未来を左右するパートナー選定です。そのため、「いきなり相談」「よくわからないまま契約」は避けるべきです。
ここでは、経営者自身が事前に整理しておくべき情報・視点・対応策を具体的にまとめます。
1. 自社の「M&Aをする目的」を明確にする
まず、なぜ自社がM&Aを検討するのか、その動機や背景をはっきり言語化する必要があります。目的が曖昧なままでは、アドバイザーの方向性もぶれ、買い手とのミスマッチも起こりやすくなります。
目的の例:
後継者がいないため、第三者承継をしたい
売却益を得て第二の人生を歩みたい
グループ企業に入って成長を加速させたい
経営に限界を感じ、撤退を検討している
競合に先駆けて有利な条件で売却したい
目的が異なれば、最適な買い手像・売却価格・タイミングも変わってきます。初回面談前に、メモレベルでもよいので整理しておきましょう。
2. 希望条件・譲れない条件をリストアップする
価格だけでなく、**「誰に売るか」「何を守りたいか」**も含めた希望条件を事前に考えておくことが大切です。
整理するポイント:
項目 | 例 | 優先度 |
---|---|---|
売却金額 | 最低〇〇〇〇万円は欲しい | 高 |
売却時期 | 1年以内に完了したい | 中 |
買い手の属性 | 同業か、地元企業を希望 | 高 |
従業員の処遇 | 雇用継続・賃金据え置き希望 | 非常に高 |
社名・ブランド | 社名は残したい | 中 |
社長の残留 | 一定期間残って引き継ぎたい | 低〜中 |
これらを文書で残し、アドバイザーに共有することで、案件の精度が格段に高まります。
3. 自社の「現状分析」を行う(SWOT分析など)
自社の強み・弱み・外部環境を客観的に整理しておくと、買い手へのアピール材料の明確化につながります。簡易なSWOT分析でも十分です。
SWOTの一例(製造業):
分類 | 内容 |
---|---|
Strength(強み) | ニッチ市場での高いシェア/熟練技術者が多い/顧客との長期取引実績 |
Weakness(弱み) | 代表者依存の業務体制/財務基盤が弱い/若手社員が少ない |
Opportunity(機会) | 海外からの引き合いが増加傾向/業界再編によるM&Aニーズ増加 |
Threat(脅威) | 原材料費の高騰/競合大手の価格攻勢/後継者不在による将来不安 |
こうした自己分析は、アドバイザーとの初回打ち合わせや企業概要書(IM)の素材にもなります。
4. 会社の財務・契約情報を整理しておく
アドバイザーに相談する前に、最低限の財務資料と組織情報を揃えておくことで、初期診断がスムーズになります。
整理しておきたい情報:
過去3〜5期分の決算書(損益計算書・貸借対照表・勘定科目内訳)
主要取引先とその比率(売上上位10社など)
借入金一覧と金融機関との関係
組織図・従業員数・年齢構成・役職
定款・商業登記簿謄本・株主名簿
不動産・設備・知的財産の保有状況
就業規則・雇用契約・取引契約などの概要
※この段階で完璧でなくても問題ありません。足りない部分は、税理士や顧問弁護士と連携して進めていけば大丈夫です。
5. 顧問専門家との事前連携をしておく
中小企業にとって、普段から信頼している税理士や社労士、司法書士などの顧問専門家の存在は心強い味方です。M&Aの初期段階から彼らに状況を説明し、協力体制を整えておくことが成功への近道となります。
関与が期待できる役割:
専門家 | 主な役割・支援内容 |
---|
税理士 | ・企業価値算定に必要な財務諸表の整備 ・過去の税務対応状況の整理 ・譲渡益に対する税金のシミュレーション ・スキーム(株式譲渡・事業譲渡など)選択の税務助言 |
弁護士 | ・秘密保持契約(NDA)や基本合意書(LOI)の確認 ・デューデリジェンス対応(法務面) ・最終契約書(SPA)の作成・チェック ・知財、労働契約、取引先契約の法的整理 |
司法書士 | ・会社登記情報の確認・修正 ・株主構成、株式の名義確認 ・株式譲渡に伴う名義変更、定款変更支援 |
社会保険労務士 | ・従業員情報の整理(就業規則・雇用契約など) ・人事制度・賃金体系の確認 ・労務面のデューデリジェンス対応 ・雇用継続に向けたアドバイス |
中小企業診断士 | ・企業全体の経営分析(強み・弱み・課題の整理) ・業界動向や競合比較、成長戦略の助言 ・PMI(統合後経営)支援や経営計画策定のサポート ・M&Aによる事業再構築・事業承継プランの立案支援 |
「事後報告」ではなく、「相談段階」から巻き込むことで、信頼関係を維持しつつプロジェクトがスムーズに進みます。
6. 仲介会社・FAの比較検討をする
1社だけの話を鵜呑みにするのではなく、2〜3社と面談し比較検討することが鉄則です。担当者の対応や実績、報酬体系、戦略提案の内容を客観的に見比べることで、より納得感のある選択ができます。
比較時に確認すべき事項:
初回相談の対応姿勢・専門性・人間性
自社の希望に対する理解力・提案力
実績(件数だけでなく、自社との類似性)
成約までの平均期間と成功率
売却後(PMI)に関与するかどうか
準備8割、実行2割
M&Aは準備の段階で9割が決まるとも言われます。特に初めての場合、「自社を見つめ直すプロセス」こそが最大の成果になることもあります。仲介やFAにすべてを丸投げせず、経営者自身がしっかりと考え、備えることで、より自社にとって良いM&Aを実現することができるのです。
おわりに:M&Aの主導権は「経営者自身」が握るもの
仲介会社やFAは、あくまでM&Aを進める「パートナー」であり、意思決定を代行する存在ではありません。だからこそ、自分の代弁者として信頼できる人材を選ぶことが極めて重要です。
最初の一歩である「誰に相談するか」によって、その後のプロセス、結果、そしてM&A後の人生まで大きく変わると言っても過言ではありません。大切な企業を託す相手は、価格だけでなく「信頼」で選びましょう。