もし明日、経営者が倒れたら? 会社を守るために今オーナー経営者が準備すべき「もしもの時のM&Aマップ」
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もし明日、経営者が倒れたら?
会社を守るために今オーナー経営者が準備すべき「もしもの時のM&Aマップ」
「まだ元気だから、事業承継はもう少し先でいい」
中小企業の経営者とお話をしていると、そんな言葉を耳にすることがあります。
もちろん、今すぐ会社を譲る必要があるわけではありません。むしろ、経営者が元気で、会社のことを一番よく分かっているうちに準備しておくことには、大きな意味があります。
なぜなら、事業承継で本当に怖いのは、「後継者が見つからないこと」だけではないからです。
経営者が突然入院した、事故に遭った、長期間会社を離れなければならなくなった――。
そんな「もしもの時」に、会社が誰にも引き継げない状態になってしまうことです。
そこで考えておきたいのが、ここでいう「もしもの時のM&Aマップ」です。
これは、今すぐ会社を売るための計画ではありません。経営者にもしものことがあった場合に、「誰が会社を動かすのか」「何を引き継ぐのか」「社内承継が難しければ、第三者承継やM&Aという方法があるのか」をあらかじめ整理しておくための考え方です。
経営者が突然いなくなると、会社では何が起こるのか
オーナー経営者の会社では、想像以上に多くの情報や判断が社長一人に集まっています。
銀行とのやり取り、主要な取引先との関係、従業員のこと、仕入先との条件、重要な契約、資金繰り、許認可、今後の投資計画……。
書類として残っているものもあれば、社長の頭の中にしかないものもあります。
特に中小企業では、「経理担当はいるけれど、銀行との話は社長しか分からない」「営業担当は顧客を知っているが、最終的な条件交渉は社長が行っている」といった状態も珍しくありません。
普段はそれで問題なく会社が回っています。
しかし、経営者が突然いなくなると、その「社長にしか分からない部分」が一気に会社の弱点になります。
売上が突然なくなるわけではなくても、判断が止まり、資金繰りが遅れ、取引先への説明ができず、従業員が不安になる。
つまり、会社そのものに問題がなくても、経営者の不在によって経営が不安定になることがあります。
だからこそ、事業承継は「引退するときに考えるもの」ではなく、「会社を守るために考えておくもの」と捉えた方が現実的です。
「もしもの時のM&Aマップ」とは何か
では、M&Aマップとは何を準備するのでしょうか。
難しい資料を作る必要はありません。
大切なのは、経営者が不在になったときの会社の行き先を、いくつかのルートに分けて考えておくことです。
例えば、まず家族に引き継げるのか。難しければ、役員や従業員への承継は可能なのか。それも難しい場合には、第三者に引き継いでもらう方法があるのか。
この最後の選択肢として出てくるのがM&Aです。
「M&Aをするかどうか」を今決める必要はありません。
むしろ、「社内承継が難しい場合には、第三者承継というルートもある」と認識しておくだけでも、経営者の準備は大きく変わります。
大切なのは、選択肢を一つに絞らないことです。
最初に整理したいのは「会社の情報」より「会社の判断」
M&Aの準備というと、「決算書をきれいにしておこう」「会社の資料をまとめよう」と考える方が多いかもしれません。
もちろん、それも重要です。
ただ、もしもの時に本当に困るのは、数字そのものより、「誰が何を判断するのか」が分からないことです。
例えば、主要取引先はどこなのか。会社として絶対に失いたくない顧客は誰なのか。重要な仕入先はどこなのか。銀行との付き合いはどうなっているのか。従業員の中で、どの人が現場を支えているのか。
こうした情報を整理しておくと、経営者が不在になった場合でも、残された人が会社の状況を把握しやすくなります。
さらに、「社長がいないと決められないこと」を洗い出しておくことも重要です。
たとえば、数百万円を超える支出の決裁、新規設備投資、人員採用、金融機関との重要な交渉などです。
会社を守るための準備では、「何があるか」だけではなく、「何を決めなければならないか」を整理しておく必要があります。
ある製造業の経営者が経験した「突然の不在」
ここで、ある中小製造業をイメージしてみましょう。
社長は60代。営業も金融機関との交渉もほぼ一人で行っていました。息子は県外で別の仕事をしており、会社を継ぐ予定はありませんでした。
本人としては、「あと5年くらいは自分がやるつもりだから」と、特に事業承継の準備をしていませんでした。
ところが、ある日突然、社長が入院することになりました。
会社には役員も従業員もいましたが、「誰が銀行と話すのか」「主要顧客へどう説明するのか」「今後の投資案件をどうするのか」が決まっていません。
幸い、社長はその後復帰できましたが、この経験をきっかけに、会社の中に「もし社長が戻れなかったら、どうするのか」という現実的な問題が突きつけられました。
そこで初めて、社内承継の可能性、役員への権限移譲、外部への承継を含めて整理することになりました。
結果としてすぐにM&Aをすることにはなりませんでした。
しかし、「万が一のときは第三者に会社を引き継ぐこともできる」と分かったことで、経営者本人も会社の将来について考えやすくなったのです。
このように、M&Aの準備は「売却を決めること」と同じではありません。
むしろ、経営者が元気なうちに選択肢を広げておくことに意味があります。
後継者がいない会社でも、M&Aで引き継げる可能性がある
「うちみたいな小さな会社を買いたい人なんているのか」
これも、後継者問題について経営者からよく聞く言葉です。
しかし、会社の価値は売上規模だけで決まるものではありません。
長年付き合ってきた顧客、経験豊富な従業員、特定分野の技術、地域での信用、許認可、仕入先との関係、独自のノウハウなど、社長自身は当たり前だと思っているものが、第三者から見ると魅力になることがあります。
特にスモールM&Aでは、「大企業だから買う」「売上が大きいから買う」という単純な話だけではありません。
既存事業との相性や、人材の活用、商圏の拡大、新規顧客の獲得など、買い手側の目的と売り手企業の強みが噛み合うことで、M&Aが成立するケースがあります。
だからこそ、後継者がいないからといって、「会社の将来は閉じている」と考える必要はありません。
第三者承継という選択肢を知っておくだけでも、経営者の判断は変わってきます。
もしもの時に備えるなら、「M&Aありき」にしない
ここで注意したいのは、何でもM&Aにつなげればよいわけではないということです。
親族承継ができるのであれば、その方法が適している場合もあります。役員や従業員への承継がうまくいく会社もあります。
M&Aは、あくまで数ある事業承継の選択肢の一つです。
ただ、最初から「自分が引退するときに誰かに会社を売ればいい」と考えるのと、「もしもの時には第三者承継も選べるよう、今のうちに準備しておこう」と考えるのでは、意味が大きく違います。
後者であれば、売却を急ぐ必要はありません。
会社の状況を整理し、後継者候補を考え、必要な情報を整え、もし社内での承継が難しいと分かった段階でM&Aを具体的に検討すればいいのです。
経営者が今から作っておきたい「もしもの時のM&Aマップ」
実際に準備するときは、難しく考えすぎないことが大切です。
まず、「自分が半年間会社を離れたら、誰が何をするのか」を考えてみてください。
次に、「自分しか知らないこと」を書き出してみます。
そして、「家族に引き継ぐ」「社内で引き継ぐ」「第三者へ引き継ぐ」という3つの方向で、現実的な可能性を考えます。
そのうえで、会社の決算書、契約書、顧客情報、金融機関との関係、許認可、保険、従業員情報など、重要な情報がどこにあるのかを整理しておきます。
さらに重要なのが、「会社を引き継ぐなら、どんな相手であってほしいか」を考えておくことです。
従業員を大切にしてくれる会社なのか。地域の顧客との関係を守ってくれる会社なのか。事業を成長させてくれる会社なのか。
M&Aでは条件面だけでなく、「誰に引き継いでもらうのか」という視点が、会社を残すうえで重要になります。
「まだ早い」と思っている今こそ、準備を始める意味がある
事業承継の準備は、引退を決めた人だけがするものではありません。
むしろ、まだ現役で働き、会社の状況をすべて把握している今だからこそ、できる準備があります。
もし明日、経営者が会社に来られなくなったら。
誰が従業員に説明するのか。誰が金融機関と話すのか。誰が主要顧客に連絡するのか。誰が経営判断をするのか。
そして、もし社内に適切な後継者がいないとしたら、その先にどんな選択肢があるのか。
こうしたことを一度でも考えておけば、いざというときの会社の動き方は大きく変わります。
まとめ|M&Aは「会社を売る準備」だけではない
M&Aという言葉には、「会社を売却する」というイメージが強くあります。
しかし、オーナー経営者にとってM&Aを知っておく意味は、それだけではありません。
親族承継が難しい場合、従業員承継が難しい場合、経営者が突然不在になった場合――。
そんな場面でも、会社を残すための選択肢として第三者承継やM&Aを検討できる状態をつくっておくこと。
それが、「もしもの時のM&Aマップ」を作る意味です。
会社を売るかどうかを決める必要はありません。
まずは、「自分がいなくても会社が止まらない状態」を考える。そのうえで、社内承継なのか、親族承継なのか、それとも第三者承継なのかを整理する。
事業承継の準備は、会社を手放すための準備ではありません。
経営者がいなくなった後も、会社を未来につなげるための準備です。
「まだ元気だから」ではなく、「元気な今だからこそできることがある」。
その視点で、一度、自社の「もしもの時」を考えてみてはいかがでしょうか。
<執筆:代表取締役 日坂 登紀広(中小企業診断士)>
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